ROYAL  RESORT  NASU 那須検定・公式テキストブック 正誤表

 

ROYAL  RESORT  NASU 那須検定の公式テキストブックの初版(2007年11月29日発行)におきまして、以下のとおり誤りがございましたのでお詫びし訂正申し上げます。

今後、公式テキストブックは、より完成度を高めた充実した内容にいたして参ります。

 

 ★訂正箇所の行数には、見出しや空行は含まれておりません。

箇所

6

6行目

関東最北の宿場町

関東最北の宿駅

6

14行目

田一枚植ゐて

田一枚植ゑて

7

7行目

「境の明神」

「追分明神」

33

45行目

三島通庸が大正時代に、自らの別荘を献上してできた

三島通庸の別荘を、1903年(明治36年)三島家が献上してできた

34

6行目

A塩原御用邸は、大正天皇が皇太子時代に、

A塩原御用邸は、1883年(明治16年)

34

67行目

自らの別荘を献上したもので、

自ら塩原福渡に別荘を構え、1903年(明治36年)三島家がその別荘を皇室に献上したもので、

34

78行目

この時、新御在所のみは原型のまま移築され、記念館として保存されている。

1981年(昭和56年)御在所のみは原型のまま移築され、天皇の間記念公園として保存されている。

42

17行目

「奥の細道」

「おくのほそ道」

44

21行目

翁と表示されていてるので、

翁と表示されているので、

46

5行目

『玉藻の前(九尾の狐)

『玉藻の前(九尾の狐)』

46

18行目

芦野の次の宿場

芦野の北に位置する「間の宿」

47

9行目

田一枚植ゐて

田一枚植ゑて

50

19行目

京都の三条大橋であるで、

京都の三条大橋である。

60

7行目

狩野三郎行広という武士

狩野三郎行広という武士(狩人)

66

16行目

宿が消失し

宿が焼失し、

72

3行目

江戸から44番目の

江戸から43番目の

72

14行目

那須別邸が移築ある。明治21年に移築されたもの。

那須別邸が移築されている。明治21年に建築されたもの。

74

8行目

狩野三郎行広という狩人

狩野三郎行広という武士(狩人)

74

16行目

天平10年(738)

738年(天平10年)

76

14行目

大正8年

1919年(大正8年)

76

15行目

昭和13年

1938年(昭和13年)

86

9行目

A高原の美術館

A高原の美術展

100

17行目

B谷地(やじ)とは、

谷地(やじ)とは、

104

8行目

樹高約35m

樹高約50m

116

14行目

那須地区では、

那須地域では、

148

14行目

@川の崖の松の緑

@ 川の周りの松の緑

154

11行目

セブンイレブンの看板が」

セブンイレブンの看板」が

157

11行目

どれでしようか?

どれでしょうか?

                                                 (2008年2月21日)