ROYAL RESORT NASU 那須町観光ガイド|一般社団法人 那須町観光協会 オフィシャルサイト

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那須の魅力

那須高原(那須町)は、東京から約180kmの距離、東京と仙台のほぼ中間に位置する観光と農林業の町です。北西部には雄大な那須連山の主峰・茶臼岳(1,915m)がそびえ、山麓地帯には舒明2年(西暦630年)開湯の歴史ある那須温泉郷、多くの宿泊施設や別荘地、殺生石などの史跡やテーマパーク、さらには皇室の方が静養する御用邸があることから「ロイヤルリゾート那須」として知られています。また、裾野には広大な酪農地帯、南東部には八溝の山並みに抱かれた里山の農村風景が、松尾芭蕉や義経伝説に代表される様々な史跡と共に広がっています。

那須の魅力 イメージ1 那須の魅力 イメージ1

那須火山脈は、新生代の第四紀(約180万年前)の洪積世に始まったとされています。那須連山の主峰である茶臼岳は約三万年前に火山活動を開始し、数度の大噴火により火口を含む山頂付近は火山岩に覆われ、今なお盛んに噴煙を上げています。

自然・名所/旧跡

  • 中大倉山ゴヨウツツジ群落

    中大倉山一帯は、国内最大のゴヨウツツジの群落とされています。

  • 駒止の滝

    幅約2m・高さ約20m。余笹川の断崖を落ちるもので、「那須第一の滝」と言われています。

  • 弁天吊橋

    橋長65m。50mを超える吊り橋としては栃木県で最も標高が高い位置(1,200m)に掛けられています。また、紅葉の時期には絶好のビューポイントとして人気があります。

  • 恋人の聖地 那須高原/展望台

    平成22年6月1日の第18回「恋人の聖地」選定委員会において、「那須高原展望台」が正式に第100番目の「恋人の聖地」として認定されました。

  • 八幡ツツジ群落

    環境省指定「かおり風景百選」の一つ。認定名称は「那須八幡のツツジ」。23haに20万本。文字通り圧倒的なツツジ群落です。

  • つつじ吊橋

    八幡自然研究路に掛けられた吊り橋。橋長130m、高さ38m。ツツジ以外の季節でも四季折々の那須連山の絶景を一望できます。

  • 殺生石

    ※栃木県指定文化財※
    九尾の狐伝説にまつわる、那須を代表する史跡の一つです。

  • 教伝地蔵尊/千体地蔵尊

    その昔、白河の五箇村に蓮華寺という寺があり、そこに教伝という生来の不良僧がいました。

  • 那須温泉神社

    舒明2年(西暦630年)創立。
    狩野三郎行広という狩人が仔牛程の白鹿を射損じ追い続けたところ、矢傷を受けた鹿が温泉の湧き口に浸かっているのを発見しました。行広はこのことを神の導きと思い、温泉神社を創立したと伝えられています。

  • 喰初寺

    文政年間、黒羽藩の姫が、食事ができなくなる病気にかかったときに、この寺に祈願して治ったことから喰初寺と呼ばれるといわれる。今ではこどものお食い初めを祝う寺として親しまれている。

  • 遊行柳

    ※那須町指定文化財※
    地元では「遊行柳(ゆぎょうやなぎ)」、稀に「遊行の柳」と呼ぶこともあります。 諸文献によると、「道の辺の柳」「清水流るるの柳」「朽木の柳」「枯れ木の柳」等とも記されています。

  • 芦野城址

    別名「御殿山」とも「桜ヶ城址」とも呼ばれる、芦野の町並みを見下ろす丘陵上にある城址です。

  • 堂の下の岩観音

    ※那須町指定文化財※
    桜の季節にはライトアップがなされ、水田に写る夜桜と観音堂の赤い屋根が、幻想的な雰囲気を醸し出します。

  • 簑沢彼岸花群生地

    平成20年に「那須ブランド/簑沢彼岸花公園」として認定されました。「義経伝説のみち」沿いにあり、かつ「とちぎのふるさと田園風景百選」にも認定されております。

  • 三森家住宅

    ※国指定重要文化財※
    三森家のある伊王野の下平は、中世以降の関街道が通っていたところです。

  • 伊王野城址

    ※栃木県指定文化財・那須町指定文化財※
    伊王野城は霞ヶ城とも呼ばれ、地元では城山と称される本格的な山城です。

  • 沼ッ原湿原(那須塩原市)

    那須連山の日の出平(1,786m)と南端白笠山(1,719m)、その西にある西ボッチ(1,410m)との間にある標高1,230m、東西250m,南北500mの亜高山の湿原です。
    道の駅友愛の森から車で約35分。

  • 乙女の滝(那須塩原市)

    白笹山から流れる清流、沢名川にある落差約10mの美しい滝。
    名前の由来は、美少女がここで髪を洗っていたからだとも、滝自体が乙女の姿をしているからだともいわれています。
    道の駅友愛の森から車で約25分。

フォトギャラリー

※写真をクリックすると拡大表示します。

那須連山

  • 那須連山1

    那須連山1

    那須連山・春 ミネザクラ繚乱

    5月下旬になると山々の雪が解け、いろいろな花が咲きます。茶臼岳と南月山の間の休憩地は「牛ヶ首」と呼ばれ、この一帯と南月山に近い「日の出平」付近にはミネザクラの群生地があり、平地の桜が終わってから山上の桜は見頃を迎えます。

  • 那須連山2

    那須連山2

    那須連山・春 咲き誇る

    南月山の山頂付近などにはアズマシャクナゲが咲き、その薄紅色の花は新緑と見事なコントラストを描きます。

  • 那須連山3

    那須連山3

    那須連山・夏 稜線に咲く

    夏になると春とは違った風景に。ユリ科・ラン科などの花々が、薄い色から濃い色まで様々な花を咲かせます。真夏でも那須連山を吹き抜ける風は涼しく、澄んだ空気に花の色と緑が映えます。

  • 那須連山4

    那須連山4

    那須連山・秋

    山の秋は早く、8月下旬から秋の花が咲き出します。リンドウはその代表格。那須町の花でもあります。初秋の澄み切った空に映えるリンドウの清楚な藍紫色の花の姿が、那須のシンボルにふさわしいとされています。

  • 那須連山5

    那須連山5

    那須連山・秋

    山の秋といえば紅葉(こうよう)。那須連山には様々なビューポイントがありますが、最も有名なポイントが「姥ヶ平(うばがだいら)」。カエデ・ナナカマドなどの赤とクマザサ・ハイマツなどの緑が、あたかも錦絵のような彩りを演出します。

ツツジ

  • ツツジ1

    ツツジ1

    八幡ツツジ群落 春彩

    環境省の「かおり風景100選」にも選ばれた「八幡ツツジ群落」。23haの敷地内に、およそ20万本のツツジが群生しています。5月中旬から下旬にかけて見頃を迎えることが多いようです。

  • ツツジ2

    ツツジ2

    八幡ツツジ群落

    もともとは馬の放牧地。ツツジを放牧馬が食べないため、結果として群生地になりました。見頃の時期にはまるで花のトンネルの中を歩いているかのような、幻想的とも思える風景に圧倒されるかもしれません。

  • ツツジ3

    ツツジ3

    八幡ツツジ群落 八幡つつじ

    園地内は木道や展望台、東屋などが整備されています。

  • ツツジ4

    ツツジ4

    ゴヨウツツジ

    皇太子ご夫妻のお子様、愛子内親王殿下の身の回りの持ち物に目印として用いられる「お印」がゴヨウツツジ(別名:シロヤシオ)です。

  • ツツジ5

    ツツジ5

    ゴヨウツツジ

    中大倉山一帯は、国内最大のゴヨウツツジの群落として約6haにおよそ3万株が自生しています。

那須温泉神社

  • 那須温泉神社1

    那須温泉神社1

    那須温泉神社

    創立は舒明2年(西暦630年)といわれています。狩野三郎行広という狩人が子牛ほどの白鹿を射損じ、追い続けて那須岳の麓に至り、温泉の湧き口に浸っている矢傷を負った白鹿に追いつきました。その温泉(鹿の湯)を見つけた行広が、温泉神社を創立したと伝えられています。

  • 那須温泉神社2

    那須温泉神社2

    那須温泉神社

    また、源平の戦いで知られる「屋島の合戦」において、見事扇の的を射た那須与一(余一)宗隆が祈願した「那須ゆぜん大明神」としても知られています。

  • 那須温泉神社3

    那須温泉神社3

    那須温泉神社

    「人見本曽良日記」「三十六歌仙板額」などの宝物(一般公開はされていません)が納められているとともに、「お手植えの松」や「御歌碑」等、昭和天皇とのゆかりも深い神社です。

殺生石・教伝地蔵

  • 殺生石・教伝地蔵1

    殺生石・教伝地蔵1

    殺生石

    那須岳の丘陵が湯本温泉街にせまる斜面の湯川ぞいに、草木も生えず荒涼とした「賽の河原」と呼ばれている所があります。その奥に、栃木県指定文化財・史跡「殺生石」があります。「九尾の狐伝説」にまつわる名所旧跡です。

  • 殺生石・教伝地蔵2

    殺生石・教伝地蔵2

    殺生石

    九尾の狐は、中国の王の后に化けて悪行を尽くし、その後インドへ渡り太子の后に化け再び悪行を尽くしたのち、ある夜突如姿を消しました。その数百年後、少女に化けて遣唐使の船で日本に渡り鳥羽院の側に仕えました。やがてはこの世を治め、人の世を滅ぼそうと企んでいましたが、陰陽師・阿部泰成に見破られ那須野に逃れました。朝廷が下した「九尾の狐退治の勅命」のもとに那須へ集結した軍勢によって追い詰められた九尾の狐は、ついに鏑矢で射止められ、巨大な毒石に姿を変えました。毒石に姿を変えてからも、その毒は村人たちに害を及ぼし続けました。後年、そのことを伝え聞いた名僧・玄翁和尚による一喝で石は三つに打ち砕かれて飛び散り、そのひとつがこの地に残りました。

  • 殺生石・教伝地蔵3

    殺生石・教伝地蔵3

    殺生石

    俳人松雄芭蕉もこの地を訪れ、「奥の細道」には「石の毒気いまだ滅びず、蝶蜘蛛のたぐひ真砂の色の見えぬ程らかさなり死す」と書き、「曽良日記」には芭蕉が詠んだ

     石の香や 夏草赤く 露あつし

    の句が記されています。

  • 殺生石・教伝地蔵4

    殺生石・教伝地蔵3

    教伝地蔵

    その昔、白河の五箇村に蓮華寺という寺があり、そこに教伝という生来の不良僧がいました。ある朝、教伝は友人の僧2人と共に那須へ湯治に出かけることになりました。そこで、同じ寺に住んでいた母親が急いで食事を整え膳をすえると、「旅支度も出来ていないのに膳をすえるとは!」と、罵りと共に膳を蹴飛ばし食事もとらずに出かけました。那須の湯に浸って数日後、教伝たちが殺生石を見ようと賽の河原に行くと、突然大地から火炎・熱湯が噴出しました。

  • 殺生石・教伝地蔵5

    殺生石・教伝地蔵3

    教伝地蔵

    ところが、教伝だけが動くことが出来ず「母のすえた膳を足蹴にした、その天罰で火の海地獄に落ちていく!あぁ、苦しや苦しや」と焼けながら息を引き取ったとのことです。人々は、この戒めを忘れまいと地蔵尊をまつり供養をしてきました。

その他

  • その他1

    その他1

    那須街道アカマツ林

    県道17号那須高原線、通称「那須街道」の入り口付近から約2km続くアカマツ林は、約14,000本のアカマツからなる天然林です。平成13年には敬宮愛子内親王殿下ご誕生を記念して植樹が行われ、翌14年には、その一角が「敬宮殿下御誕生記念の森」として公式に設定されました。その敷地内には3本の樹が癒合したと思われる特に太く大きなアカマツがあり、「微笑みの松」と呼ばれています。

  • その他2

    その他2

    那須街道アカマツ林

    また、ウッドチップ敷きのハイキングコースも設置されており、管理がなされている区域では、四季を通して里山特有の花々をお楽しみいただけます。

  • その他3

    その他3

    アジサイ街道 霧まとう

    アカマツ林とともにすばらしい景観をつくっている約1,200本のアジサイ。6月から7月下旬まで青や紫のアジサイの可憐な花が、距離にして約3kmにわたり那須街道の両側を埋め尽くします。アカマツとアジサイのコントラストが、梅雨の季節を味わい深く彩ります。

  • その他4

    その他4

    御殿山

    4月中旬に全山が桜に覆われる、桜の名所のひとつです。天正18年(西暦1,590年)芦野盛泰が築いたという説と、また天文元年(西暦1,532年)資興が太田道灌の築城方によって構えたという説がありますが、その形式から、それ以前の築城とする説もあります。当時の芦野家は那須七騎のひとつに数えられ、明治の廃藩まで芦野家の陣屋(1万石以下の旗本の居城を陣屋という)として使われていました。また城跡にある高野槇(コウヤマキ)は、築城記念樹とされており、樹齢400年以上で、栃木県の天然記念物に指定されています。

  • その他5

    その他5

    義経街道

    旧東山道。那須町内最古の街道で、奈良・平安時代より関東と奥州を結ぶ官道として人々や物資の往来を担いました。源頼朝が平家追討の命を受け挙兵した治承4年(1180年)に、奥州平泉から鎌倉に向かって源義経が駆けたことに因み、「義経街道」とも呼ばれています。画像は「沓石(くついし)」(石に刻まれている蹄状の痕が、義経の愛馬「太夫黒」がつけた蹄痕だといわれています)ですが、他にも義経伝説を裏付ける数多くの史跡が残されています。

  • その他6

    その他6

    簑沢彼岸花群生地 秋空の下

    道の駅「東山道伊王野」から白河の関方面へ約6km。旧東山道、いわゆる義経街道沿いにあります。地元の保存会によって、昔から稲作と係わりの深い彼岸花の里として整備され、9月中旬から10月上旬にかけての簑沢の郷は、赤と緑に覆われます。平成20年に「那須ブランド/簑沢彼岸花公園」として認定されました。

  • その他7

    その他1

    平成22年6月1日の第18回「恋人の聖地」選定委員会において、「那須高原展望台」が正式に第100番目の「恋人の聖地」として認定されました。その後、10月22日に画像のランドマークが設置され、除幕式と共にサテライト認定式、そして関連イベント「那須高原で愛を叫ぶ」が行われました。現在、東日本大震災により駐車場が一部損壊し修復中ですが、ランドマークには何事も無く、展望台から恋人たちを見守り続けています。

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